2011年08月01日

e-Books 『非性愛について私なりにお答えします』

『こみpo!』で作ったマンガ形式の解説書。
性的少数派のひとつ、『非性愛』について。オタクで腐女子で色々なものが嗜好範囲の立場から、お答えしました。

「人が服の下に何か面白いものを隠してて、それでお互いに何か面白いことをする」話に身震いする人にはオススメしません。
単なるエロをご希望の人にも、向きません。
マジメな内容です。
ある程度成熟した、寛容な精神がいりますので、18歳以下警告表示してあります。

http://p.booklog.jp/book/31557

書こう、描こうと思っていて、とうとう他の事ができなくなるほど、その気持ちが大きくなってしまいました。
ほぼ一年かけての自問自答の一里塚、です。
実在人類には寸毫も性的関心を抱かない、そういう『非性愛』だからって。実在人類への人権侵害に鈍感だ、ということにはならないのですよ。
むしろ他の性的志向性の人には、是非充実して安全の生活を謳歌していただきたい。満足しきって、「非性愛の一人や二人、居たっていいじゃない」となって欲しい。
貴方がエロゲマニアでもAVマニアでもエロ漫画図書館館主でもどういう性的嗜好/性志向の持ち主でもかまいませんの。お願いですから、実在人体については「きちんと」してくださいね、と。
まっとうな性教育があまり普及してない年代の、男女不問へお願いしたいこと:脳内の妄想は、現実の性行動と区別して語りましょう。

【ついでに男性に伝えたいこと。】
http://bit.ly/pbnfQx

では、ごきげんよう皆様。
万人の万人に対する闘争、ではなく万人の万人に対する寛容(知った上での無関心も含む。人権侵害とは、無知からくるものと、知った上で断固潰しに来るものがありますため。)の遍在せん事を。
人生の楽しみは尽きませんのぅ!はっはっはっはっ。
posted by 切身魚(Kirimisakana) at 00:00| Comment(0) | 規制反対 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月17日

【表現規制反対】…の実地をマンガにしてみた

 どうもこんにちは、切身魚の中の人です。
 地方在住で、かつ個人の特定できる情報を晒すのはマジ困る事情があり、しかも他の地方に足を伸ばして何かする、と言うのは難しい。そういう一個人の立場で出来ることは何かな、と日々模索しております。
 出来ることはある。その一つはこういうことだよー、とマンガにしてみました。

http://nekomimi.staba.jp/blog/?attachment_id=1205

 他県で同様のことをしてみた人が居るのかも知れないし、居ないかも知れません。私自身は寡聞にして存じません。
 もし「何かしてみたいがどうやったものか」と思っている方がいらしたら、どうぞ CC-BY-NC ですので、遠慮なくコピーして持っていって参考になさってください。

Google、「見たくないサイトのブラックリスト」作成機能を追加
http://bit.ly/iHCLyw

 こういうサービスがあるんですから、『見たくない!見たくないったら見たくない!』と言う人は、こういったサービスをどんどん使うよう推進していけばよろしいのです。 無料ですよ。
 許せないッ!!と思うものは、不快を感じる人ご自身でシャットアウトなさればよいのです。
 現実世界には、「嫌なら見るな!」と言いつつ八頭身がモザイク処理された股間を見せ付けるような事態なんて、起きてない。
 起きていないし、上記サービスを利用すれば二度と目にしないで済むんですからね。

 私達は、そうした人の知らないところで、寛容にもイロイロなものをお楽しみさせていただきましょう。
 人生の楽しみは尽きませんのぅ!はっはっはっはっ。
posted by 切身魚(Kirimisakana) at 16:18| Comment(0) | 規制反対 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月22日

ハーヴェイ・ミルクの日に寄せて

(この記事は、PDF版『ハーヴェイ・ミルクの日に寄せて』をblogにしたものです。)

今日、5月22日はハーヴェイ・ミルクの日です。

彼がどういう人で、何故特別な日なのか?ということは後ほど紹介しましょう。私はこの投稿で、

・同性愛と性的虐待/搾取

・性的ファンタジー(表現物)への規制強化のバックボーン

・性教育と『性的な事柄に寛容であること』

の3つのお話を取り扱います。

私の視点は4つ。

・LGBTアライ(LGBTとは、レズ・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダーの頭文字。アライとは、Ally=同盟者、支援者のことです。以下、この投稿ではこちらの語に統一いたします)

・『ワールド・ビジョン・ジャパン』のチャイルドスポンサーであった(現在はチャイルド支援がひと段落搗いたのでチャイルドスポンサーをやめ、ただの一支援者です)し、児童の、子どもの権利保護に関心を寄せている人

・幼いころの老人による性的虐待から『生き残った者』サバイバー

・表現物、特に過激な性表現、暴力表現、反社会的行為を描いた『架空メディア』への規制強化には、実効性疑問及びレントシーキング予防の視点から反対

という場所にあります。

また、サバイバーであるということは、とても精神的にタフです。タフになれなかったら、妹のように自殺しておりました。それでもこうした「過去の自分と重なる事例」を見聞きすると、ブッディズムやストア哲学の精神で何を言い聞かせても、心の一番柔らかい部分が血を流します。

それゆえ、文字通り『過激な表現』をしてしまうことがあるかも知れません。どうかご寛恕のほどを。

性的な事柄に関して、貴方の心のサイズを2つくらい大きめにして、お読みください。


まずはこちらのニュースサイトをご覧ください。OBSのサイトです。



男子児童にわいせつ行為 少年を逮捕

http://bit.ly/k4CwxG



(ここから引用)逮捕されたのは大分市内に住む19歳の無職の少年です。警察によりますと少年は今月12日午後7時ごろ大分市内で9歳の男子児童2人に声をかけ、集合住宅の屋上の階段踊り場に連れて行き、体を触るなどわいせつな行為をした疑いが持たれています。保護者から通報を受けた警察が、児童の話などから容疑者の特徴を割り出し現場近くで少年に職務質問をしたところ容疑を認めたため逮捕しました。警察に調べに対し少年は「わいせつ目的で男の子を連れて行った」などと話しているということです。 (引用おわり)



尚、大分合同新聞にも同様の記事は載っていたのですが、大分合同新聞のWebサイトで『大分 少年 男児 わいせつ』等の語で検索してもヒットしませんでしたこと、申し添えておきます。



まず第一に、児童への性的搾取や虐待は、やってはならないことです。

何故なら、「それがどういう意味か分からない」9歳児があいてなら、同意が成立しないから虐待です。

9歳児が「どういう意味か分かっていても」、年上の少年 > 9歳児 という非対称な力関係でしたら、搾取となるから。これ以上は、とても気分の悪い感情を吐露することになりそうですので、私の感情論は『ここでは』述べないことにいたします。

その代わり、先の立場から主張したいことを申し上げましょう。



1.警察取調べによる誘導的尋問の懸念



19歳少年に、誘導的な尋問が行われるのではないか?と懸念しています。

それは、質問する側も、「誤った答えしか出てこない」と承知の上で質問して、答える側も「本当の理由とは無関係に」回答するのでは、という懸念です。

具体的に言えば、



Q:ボーイズラブ(非実在)やホモ(実在)のコンテンツを視聴したのではないか?

A:イエス、その通り。それに誘発される形でムラムラしてやった。

というやり取りが発生しうるのでは、という懸念です。本当は、取り調べられる側の常識として、「黙秘権」があり、誘導的な尋問だと感じたら一切回答を拒否できるのです。常識ですが、19歳少年がそのことを良く理解しているかどうか、私は懸念しています。

断っておきますが、私の妄想ですよ。ただの妄想です。

でもって、「無職で金はないが性欲はある、そして自慰も含めた『適切な性欲処理』の性教育は放置された」少年にとってでさえ、「オヤの無責任」を口に出すより、「メディアのせい」にするほうが使いやすい口実だということです。

それは、児童虐待の被害にいままさに遭っている最中の子どもでさえ、オヤのやることをかばい立てするのに共通する、心の働きです。

「一緒に住む親=依存する相手」より、遠くにある同性愛(実在・非実在不問)コンテンツを槍玉にあげておいたほうが、気が楽でしょう。

2.LGBTアライの立場から

これが「19歳少年同士、両者の合意のもとの性行為」なら、私は決して目くじら立てません。

「19歳少年同士、両者の合意のもとの性行為」に不快を示す人は、

・他人の性生活に興味をもち

・他人のプライベートな行為に自分の価値判断を持ち込む

・それを正義や純潔思想のもと、攻撃して善いこと、

という考えを持つ人だけでしょう。

「LGBTの存在」が社会に広く認識され、権利が尊重されるべきである。そうとなれば、当然「同性による性的虐待」も車輪のもう片方として、『問題視』されるようになる。

そこに『児童への性的虐待や、搾取』の問題もありうる。

こうした予想は、LGBTアライとして心に留め置いております。

ただ、



人権に関する市民意識調査結果(大分市)

http://www.city.oita.oita.jp/www/contents/1301382235064/index.html



に見るとおり、同和と女性、老人、子ども以外は『質問すらされない』。「問題にしない」から、「解決」もされないのが実情です。(他の市町村も、このような意識調査を行って結果は公表していますが、この論の目的からは外れますので割愛します)


さて、児童/生徒/青年期/成人を不問での性的虐待も、ありうるという予想についてすこし説明しましょう。

私達人間は全員同じ性的志向性を持ってるわけではないのです。

性的嗜好物(ファンタジー含む)が性的志向性(実際の性行動)と一致してない人もいるからです。



例:川端康成の『乙女の港』を読んで、リアルでSごっこしてた女子学生たちは、ビアンだったでしょうか? NOです。彼女らは日常のちょっと延長上にある『ファンタジー』を楽しんだ。非日常のお嬢様、美しいこころの少女達の純粋さを。



例:わたしは非実在のエロ、つまり性的ファンタジーの嗜好物がかなり幅広く、かつ貴腐人(オタクな界隈の用語。ボーイズラブ、以下BLと略記しますが、BLを好んだ人生経験が長く、既婚者/結婚経験者)である。『触手モノ』も『異種間』も嫌いではない。が、実在の人体には寸毫もピクリとこない『非性愛』である。

同性や異性に対する性的志向性の多様さ、幅広さが広く認識されれば、されるだけ。

車輪のもう片方にある『虐待や搾取』が、『異性間/同性間不問』で発生する。だって人間には性欲があるんですもの。自然な欲求が、人権侵害を引き起こすことは、当然の帰結として『ありうること』なのです。

それは、ひところ子どもへの虐待事件がニュースに取り上げられたことからも分かることです。逆の方向から見れば、「同情すべき誰かが死んだり、大怪我をしないと、私達は関心を持とうとしないし、社会の仕組みを変えようとしない」生き物なのです。

ところが多くの人が、この『性的嗜好物』に何を好むか?ということを、その人の『性的志向性』という実行動に直結して考えるという誤った見方をします。

私たちは、「菜っ葉ばかり食べているから体が緑色になる昆虫の幼虫」のような単純な生きものではありません。「人間の精神が取り入れるのは、多種多様な情報」ですし、「人間の行動を決定付けるのは、取り入れた情報だけではない」。人間はもっと複雑な生きものです。

さらに、脳科学の最先端は「どのような情報を脳のどの部位で処理したとき、どういう電気信号の活性化が起こるか」を解明しつつあります。もし将来、「何をどう情報処理したら、人間行動がどう変化するか?」が解明され尽くしたとしても。それでも、私たちは他の人に「何の情報をどれだけ摂取するべきか(そして行動すべきか)」を押し付けてはなりません。

人権をまもるとは、そういうことです。

仮定の話ですが。

家宅捜索によって19歳少年のお部屋から、大量のホモビデオ(実在の、同意した俳優による演技)が出てきたとしても、彼に「お前はホモビデオを見てはいけない」と強制することはなりません。貴方の不快感で他人の人生をいじってはいけないのです。

出てきたのが、大量のホモビデオのかわりに、大量の「BL創作物」や「ティーンズラブ(以後TL、と略記します)創作物」だったらどうでしょう。実在しない人間を、架空の設定で非日常の事件や物語に描き出したもの。それらを、『貴方が不快』に感じたからといって、「お前はBLやTLを読んではいけない」と強制することはなりません。

ましてや、「読んではいけない」と面と向かって語り合うのが嫌さに、「こういう過激な性表現を19歳がカンタンに買えないようにしろ」と行政や、書店、コンビニ店主に要請するのは間違っています。



3.性的ファンタジー(表現物)への規制強化のバックボーン



私の問いは、いくつかあります。

19歳少年が、お仕事で自己実現できてて、かつお金があったら、9歳児童を性的に虐待したのか、しなかったのか?

19歳少年が、「自慰も含めた適切な性教育、抑圧的でない性道徳の環境」にあったらば、9歳児童を性的に虐待したのか、しなかったのか?

私が最も問いたいこと。

それは、大分で「性教育のあり方を考える研究協議会」は、19歳少年がいた小学校あるいは中学校にてどのような影響を及ぼしていたのか? 特に、19歳少年の今回の行為に、どのような影響を及ぼしたのか?です。



『理想的青少年像』は、誰もが心の中に持っていることでしょう。

でも、実在のティーンエイジャー(0-18歳をさす『青少年』という用語は用いないことにいたします)の『性欲ニーズ』は、オトナや、下手すると自分自身ですら、把握してない可能性が高いものです。失敗したり、恥ずかしい思いをしながら「自分の性欲ニーズは何処にあるのか?」を学ぶことが、ティーンエイジャーだからです。

『高校ラブコメもの』作品は、「憧憬と郷愁と妄想」の産物であるからこそ美しいし、「実在人類がやっとれん非日常」だから面白い。そうと知ってるから楽しめる。ライトノベルやアニメ主人公の振る舞いをリアルでやったら、良くて邪気眼、悪くていじめか無視対象でしょう?

『理想的青少年像』を他者に押し付けることは、いけません。二次性徴の現れる小学4年生に、自慰の仕方を教えるのは『悪い』のでしょうか?それはただ単に「貴方の性道徳や性文化が、戸惑いや反発を覚えるだけ」ではないでしょうか?



「それも『理想的青少年像』の一つではないの?」

と意地悪く問われる可能性も踏まえたうえで、申し上げます。

「汝、実在人類、とくに力関係や知識量、現実認識能力において弱い立場にある人に、性的虐待や搾取をはたらくなかれ」

と。

「奔放なのは非実在相手にしておきなっせ?」

と。

性教育についても同様なのです。

偶発的に発見した資料をご覧ください。



”大分市の三浦よしのり市議から、性教育の副読本を送られました。”

http://www5f.biglobe.ne.jp/~constanze/nomarin304.html



(引用ここから)

びっくり副読本発見!!

自立生活ハンドブック

「性・say・生」

大分市の三浦よしのり市議から、性教育の副読本を送られました。

彼の支持者が彼に、その本を渡したということです。

福祉の現場で配布されているらしいのです。

障害者対象とのことまでは分りました。

詳しいことを御存知の方、どうぞ、お知らせください。



メール:constanze@diamond.biglobe.ne.jp



手鏡で見る図、自慰の方法等、正視できない内容が満載されています。

障害者にも羞恥心はあると思います。

また、親はそれを育てたいものです。



この副読本を作った人達は次の通り。

堀口雅子(産婦人科医)

中里 誠(白根学園児童寮施設長)

杉浦ひとみ(弁護士)

堀江まゆみ(白梅学園短期大学教授)

佐藤繭美(手をつなぐ編集委員)

谷川耕一(北河内東障害者就業・生活支援センター所長)



発効日 2005年2月1日

発行人 藤原 治

発行所 全日本手をつなぐ育成会

〒105-0003東京都港区西新橋2-16-1

全国煙草センタービル8F

TEL 03-3431-0668 FAX 03-3578-6935



また、このご本の編集責任者は、松本了さんという方です。全日本手をつなぐ育成会の常務理事の方で、常勤だそうです。

松本さんは、なんと、七生・性教育ラインの提訴による過激性教育裁判の支援者のお一人で、しかも、この裁判を支援する連絡会の代表委員でもあります。



なお、三浦市議のお話では、この本はつなぐ会の本部から、全国の支部に送られたそうで、つなぐ会大分支部の事務局の人がこれを見て、あまりに酷い内容なので、大分県内の福祉施設に配布はしたものの、現在、回収しているとのことです。

(引用ここまで、2011年5月22日8:23アクセス)

七生養護学校の文字を見ることになろうとは。

このページを書いた人は、ジェンダーフリー、性教育に対して批判的な意見をお持ちのようです。だからといって性的な事柄に寛容でもなく、また性的虐待を効果的に防ぐような活動をしてもいないようですね。

この副読本は2005年の資料であること、にご留意ください。

この後、大分市では市議会にて該当資料を批判する議員が現れ、副読本は回収されました。

資料:市民意見交換会にかかる意見・質問及び回答http://www.google.co.jp/url?sa=t&source=web&cd=1&ved=0CBkQFjAA&url=https%3A%2F%2Fdocs.google.com%2Fviewer%3Furl%3Dhttp%3A%2F%2Fwww.city.oita.oita.jp%2Fwww%2Fcontents%2F1264472399734%2Ffiles%2Fbunkyo.pdf%26embedded%3Dtrue%26chrome%3Dtrue&ei=2krYTZ3ZMZCmvgPZ1LTCBw&usg=AFQjCNFydex9Sekkf19harMgl8jDToQaYA



教育オンブズマン 近藤 将勝 氏のブログ なめ猫(20011年5月22日8:38アクセス)

http://genyosya.blog16.fc2.com/blog-entry-435.html



(引用ここから)

自民党の「過激な性教育・ジェンダーフリープロジェクト

チーム」の纏めた県別事例集でもこういった大分県で行わ

れている性教育の事例が数多く報告されており

(引用ここまで)



この方は、上記のような『過激』な性教育には反対。子どもの権利条約批准より、道徳教育(修身教育)を重視なさる方のようです。教員採用不正問題と、性教育の問題を一緒にしてお考えなのは、残念なことです。でも一方では、表現物規制には反対(http://genyosya.blog16.fc2.com/blog-entry-1021.html)という意見もお持ちでした。



表現物規制への精神的バックボーンの一つは、これです。『大人の側の、性的な事柄に対する気恥ずかしさ、ストレス』です。性的な事柄に強く「恥ずかしい」と感じることです。

ニュー即に立ったスレ、大分の小学生に対する性教育「幼女にM字開脚させて性器を手鏡で見せる」が2007年。

『性教育のあり方を考える研究協議会』は、2008年ごろ発足。

性教育のあり方を考える、という会のお名前はよいもののように聞こえますが、実際の行動において、単に「純潔思想を子どもに押し付ける」のはいかがなものでしょう。

先の副読本に対して、

「正視できない内容が満載されています。障害者にも羞恥心はあると思います。また、親はそれを育てたいものです。」

と考える人たちが、果たして子どもの人権は『性的な事柄は、自分で決める』権利も持っていることを、どこまで真剣に検討してくださっているのでしょうか。

「子どもが性欲をもつなんて あ り え な い!!!!1!!」と叫びたくなる気持ち。それが分からぬのではありません。

ただ、それでも、子の親ならば、「わたし“の“天使ちゃん」という所有格ではなく、「この子は一個の人格をもつ『ひとりのひと』として、何が必要か」と考えていただきたいのです。

悲しい、物凄く悲しいことを書いてしまいそうですゆえ。もっとお考えになりたい人のために、こちらのブログをご紹介いたします。



ポンコツ家族の取り扱いマニュアル

http://bit.ly/jfVaAU





5.性教育と『性的な事柄に寛容であること』



力関係で強い側、権力を持った側が、弱い側に悪い権力の使い方をすることは、いけません。



子どもに対してとっても悪い権力の使い方をした例:牧師という立場、「射精することで、心から邪念を追い払うことができる」と少年たちのホモフォビア(同性愛への恐怖心)を利用し、少年に性的虐待を働いた米国の例。



私はとっても考え込んでしまうのです。『イマジン』の歌詞のように。

「もし、同性愛も異性愛もポリアモリもありありの、ガチで対等な性的に寛容な文化圏で、かつ性的志向性に口出さない宗教の影響下であったら、この事件は起きなかったのではないか?」

と。米国には、「ホモだとばれたらいじめられる」と怯えるティーンエイジャーが一杯いるのです。高校生男子にアンケートとったとき、かなり上位の回答が「ホモだと思われるのはマジ嫌」だった、といううろ覚えの記憶が。



「正視できない内容が満載されています。障害者にも羞恥心はあると思います。また、親はそれを育てたいものです。」

と考える人たちが、果たして子どもの人権は『性的な事柄は、自分で決める』権利も持っていることを、どこまで真剣に検討してくださっているのでしょうか。羞恥心ということは、「汚いもの、話題にするのが嫌なものを恥じる」心のこと。

彼らの意識は、性的虐待からのサバイバーを「汚いもの、価値の低いもの、話題にするのが嫌なもの」とみなすのでしょう。そのことに、私はとても傷つけられた心地がします。わたしの心の一番柔らかい部分を、彼らは『同情心』でもって「穢れた、価値の劣った、かわいそうな」ものと見做すのでしょう。

悲しみや痛みに「寄り添う」のではなく。高所から見下ろし、「あらあら、運が悪くてお可哀想に。私が虐待されなくってホッとするわ。彼らが(私じゃない何処か他の誰かによって)癒されますように!」と考えて満足するのでしょうか?

羞恥心とは、そういう意識があるから出てきた言葉ではないのでしょうか。

そういう意識のせいで、どれだけ多くの子どもが、性的に虐待された『後も』心から血を流していることでしょうか。

私が仮名の場以外で、サバイバーであることを公開できないのは、まさにそれが理由です。

「汚いもの、話題にするのが嫌なものを恥じる」心、羞恥心の持ち主達との『対話』に傷つけられ、疲れ果てるのはゴメンなのです。

でも、

『税金コストの負担は嫌だ!

自分達で「正しい性教育知識だけ集めた本」を作るのは面倒だ!

「純潔書店」を書籍流通業で立ち上げるのもゴメンでござる!』

という甘えは、お止めいただきたい。

誰かが何処かでコストを払っています。

性的な事柄に寛容ではない人たちの、羞恥心のツケを。

どこかの9歳児が払っています。

6.まとめ



知的障碍者に「人前で自慰をするな」と教えるのは、本当に大変なことです。そういう大変なことも、障碍者自身の人権保護のために教えねばならないのです。

何故なら、知的障碍者に対しての性的行為の強要も、強制不妊手術を行うのも、ともに人権侵害だと思うためです。



もっと考えを深めたい方へ、『Ashley事件から生命倫理を考える』ブログ

知的障害・貧困を理由にした強制的不妊手術は過去の話ではない(2011年5月22日 9:03アクセス)

http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/59520001.html



そういう大変さを抱えた養護教諭達のために書かれたのが、件の性教育副読本です。

それを読んで、「正視できない内容が満載されています。障害者にも羞恥心はあると思います。また、親はそれを育てたいものです。」という人が2005年に居たのは事実です。



今時の『親』は大変です。結婚はまだかとせっつかれ、結婚したらしたで子どもはまだかとせきたてられ、産んだら産んだで自然分娩ではないのかとさげすまれ、育てるのにも児童虐待はするな、羞恥心を持った子に育てろ、と口出し&監視されるのです。

そして、「性教育は目にして話題にするのが恥ずかしいから、私の目に付くところに出すな」という人が居るのも事実です。

でも、性教育をしなかったら、養護施設や保護施設での「子どもによる子どもへの虐待」を止められますか。子ども自身が「それはやったらいけないことだ」「して欲しくないから、やめて!」と行動できるようになりますか。

性器の構造や生殖について教育しなかったら、ティーンエイジャーの「セーフ・セックスが一番大事。性欲処理は二番目。」という意識を醸成できますか。

そして、同性愛やトランスジェンダー、アセクシュアルや非性愛も含めた性的少数者のことを『一切話題にしない』ことで、世の中の人々は性的少数者の権利を侵害しないようにしよう、と考えてくれるようになるのでしょうか。

貴方の個人的快・不快は、『思想信条の自由』です。一方で、血を分けた家族であろうとも、他者の『思想信条の自由』を侵害してはなりません。寛容であってください。

全員の自由を、私は尊重します。

こうして他の人のために寛容を説いていれば、性的少数者の中でもさらに少数の『非性愛』である私のことも、尊重してもらえるようになるだろうか、と願いながら。



たとえば、私自身が早熟な少女だったことは、否めません。少女マーガレットを読み、『幻魔大戦』を読み、図書館の本が大好き、アニメも漫画も同じくらい好きでした。

でも、だからこそ「そういうことは興味半分にはしないぞ!本当に好きな人とするんだ(そりゃあ見た目も大事だけど、誠実な愛をもった男の子としたいなっ♪)」と、9歳10歳なりに大事に思ってた。

でも一方で、「お年寄りには親切にしましょう」という教条も大事だと思ってました。そういう「善い子であろう」と希求する少女の善意につけこんで、「君の事がすき。一目ぼれだ、愛している」と甘言弄してパンツに手を突っ込み、性器を触ったりディープキスをする老人は、困ることです。

どのくらい困るかというと、こうした性的虐待(他にもあります)から生き残ったはいいものの、そろそろ40の声を聞こうかという今ですら、やはりこうしたニュースを見聞きすると心臓がきりきり痛むくらい『困る』ということです。

だから祈ることにします。

9歳の子が幸せでありますように、と。

幸せ、以外の言葉では語れません。清くなれ、癒されませ、などといったら

「じゃあ彼は汚されたもの、損なわれたものと認識するのか」

という意味になってしまいますから。「男の子だったら性的虐待もたいしたダメージじゃないよね!」という性的役割の押し付けが、彼に行われませんように。

かといって、生き延びてください、という言葉にさえ、躊躇いを覚えます。

できれば私が用いる意味での「生き延びる」という言葉が必要なほど、大変な人生を歩むことがないように……と祈っているからです。自殺への誘惑に駆られることがありませんように。

そのあと、19歳無職少年が、善人になりやがれ、おっと失敬、善き人になりますように、と祈ります。

善とは何か知った上で、過去の自分の所業を思い出すことはとても苦しいことでしょうから。何がおきようと、決して「経験から学ぶ」ことがない人間もいるのは事実です。

それでも祈ります。

祈る以外のことを考えずにすむように。



今日、5月22日はハーヴェイ・ミルクの日です。

彼の遺言をさがしていたら、こちらのブログにたどり着きました。



『海から始まる!?』(2011年5月22日 9:35アクセス)

ハーヴェイ・ミルクの遺言 「カストロ通り575番地」

http://umikarahajimaru.at.webry.info/200901/article_38.html



(引用ここから)

私は、人々が怒ったり、情緒不安定になったり、狂気に駆られたりするのを防ぐことはできません。でも、情緒不安定になってもいい、怒ってもいい。そしてそれを力に、5人でも、10人でも、100人でも立ち上がって欲しいのです。

(引用ここまで)



私の立場、意見は前述の通りです。他にもブログエントリやPDF、漫画を書いています。

興味のある向きはどうぞごらんあれ。



ブログURL http://nekomimi.staba.jp/blog/



意見書:性的虐待被害者として、 東京都青少年健全育成条例の改正に反対します

http://nekomimi.staba.jp/blog/?p=175



表現規制反対:海外向けメッセージ

http://nekomimi.staba.jp/blog/?p=660



日本語忠実訳 Act against “real” CSAM,but..(Japanese version)

http://nekomimi.staba.jp/blog/?p=564



【日常】性的嗜好品に寛容であるということ【大人向けのお話】

http://nekomimi.staba.jp/blog/?p=418



クールジャパンを規制するなかれ

http://nekomimi.staba.jp/blog/?p=85



【こみpo!】百合ぽ女子高生を描いてみた。

http://nekomimi.staba.jp/blog/?p=294







【著作権情報】

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二次創作時等のクレジット表示は、作者名付近や参照などに私の名前(切身魚/Kirimisakana)とドキュメント名を書いてください。

詳細はクリエイティブコモンズジャパンへどうぞ http://creativecommons.jp/tag/cc-by-sa/
posted by 切身魚(Kirimisakana) at 22:51| Comment(0) | 規制反対 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする